2014年5月10日土曜日

最強のコンビは帰ってくる PART2

セナとプロストいろいろなことがあった、紳士協定事件、
そのほかにも、たくさんたくさん、鈴鹿の事故、幅寄せ、それを煽り立てるマスコミ

プロストは別に遅いドライバーでは全くなかった、プロフェッサーとのちによばれているが、

それは、ニキラウダとのチームメイト時代に築かれたものであろう。

それを知るのは、それまでの生い立ちをさらっとおさらいしよう。

1975年、レーシングカートでフランスを制覇

翌年からジュニアフォーミュラーに参戦、13戦中12勝を勝ち取り、圧倒的速さを見せつける
その次の年もチャンピオンになることとなった。

1978年ステップアップしF3に参戦、一年目はマシントラブルが多発、全く結果が残せなかったもののマルティーニルノーに乗り優勝。

そして、F1にやってくるのである。低迷期のマクラーレンでもマシントラブルが多発を経験し、ルノーに移籍。

F1で勝することとなる。シリーズリザルト5位

82年、シーズン序盤ランキングトップを走る、しかし、マシントラブルと自らのミスにより、順位を落とし、安定感を失ったプロストは結果ランキング4位となる

83年はタイトルがあと一歩だった。前年同様ランキングでトップにネルソンピケと13ポイント差をつける。しかし、中盤にピケを抜こうとして接触リタイアしてから一気に調子を落とし。
3ポイント差で敗北を喫した

そして84年古巣のマクラーレンに戻ることとなる
そしてこの年がターニングポイントとなった。

つづく

0 件のコメント:

コメントを投稿